山下淵の大なまず その2

本日、2月11日は祝日「建国記念の日」。

この日は、戦前は「紀元節」と呼ばれており、
初代の神武天皇が葦原中国(日本)を平定され御即位された日を、
現行暦に合わせて算定した日である
2月11日を祝日としたものです。

いまこの時があるのは、様々な時代の中
先人の方々がご尽力された結果なのでしょう。
それらを振り返りつつ、感謝の気持ちを持っていたいものですね。  

 

さて、先日のブログ「山下淵の大なまず」の続きです。

 【山下淵の大なまず その2】

 それから三日後の夜、その女性は再び大蔵のもとを訪れ、
 大蔵の作った見事なモリを見るととても喜びました。

 「ありがとうございます。これはほんのお礼のしるしです」
 と、白い包みを渡しました。
 何げなく開けて見ると、なんと銀の延べ棒だったのです。

 大蔵は驚いて、押し返そうとしましたが、
 「いいえ、どうかお受け取り下さい。あなたさまの立派なモリは、
 この銀でも足りぬほどです」

 「そうですか、そこまでおっしゃるのであればありがたく頂きます。
 しかし、あなたは一体どなたですか?
 そしてなぜ、このモリが必要なのですか?
 もちろん他言は致しませぬゆえ、どうかお聞かせ下され」

 大蔵が言うと、その女性はそっとあたりをうかがい、
 声をひそめてこんな事を言いました。

 「実はわたしは、お城の近くの山下淵の主なのです。
 ところが近頃、大なまずがやって来ては、私の子どもたちを
 次々と食い殺してしまいました。
 この上は、憎い大なまずを殺して子どもたちの仇を討ちたいと思い、
 あなたにお願いに来たのです」

 「何と・・・」
 大蔵が驚いていると、女は続けて、
 「仇を討ったあかつきには、今後いっさい山下淵では、
 人の命を取らぬ様に致します」

 と、それだけ言って、すーっと姿を消してしまいました。

 ・・・・次回へ続く。 

 

山下淵の大なまず(諫早・公園橋)









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